ずんだ餅の話

2018年06月06日(水)


 今回も美味しいお餅の話です。

 東北地方の名物に「ずんだ餅」というのがあるのをご存知ですか。特に仙台市では、「牛タン」「笹かま(笹型をしたかまぼこ)」と並び3大名物になっています。写真でもわかるように、枝豆を茹で、薄皮を剥いた後に細かく刻み、お砂糖と少しの塩をまぜた「ずんだ」といわれる餡をお餅に載せたり、餡でお餅をくるんだりした食べ物です。

 「ずんだ」という名前は、豆を打つ(豆打=ずだ)が語源だとされていますが、それ以外にも仙台藩伊達家に伝わる、戦いに使う陣太刀(じんだち)で豆を刻んだので、「陣太刀餅」という名がつき、それが東北地方の発音で「ずんだつもち」と聞こえ、そこから「ずんだ餅」になったという説もあります。面白いですね。

 ずんだ餡は見た目にも緑が鮮やかで、実際に食べてみると枝豆の風味がとてもよく、また少し豆のつぶつぶが残っていてとても美味しいお餅です。地元仙台のお店で食べると、何よりもお餅がとても美味しいことに驚かされます。この季節は冷たくして食べることもありますが、冷やしてもお餅はちっとも固くならず、それどころか風味や舌触りがぐんとよくなる感じがします。このずんだ餅は、お彼岸やお盆によく食べられるそうで、まさに仙台の「おはぎ」という存在ですね。

 仙台市内には、140年以上も続く老舗の「村上屋餅店」や、元老舗料亭であった甘味処の「彦いち」など、多くのお店で提供されています。(写真は「彦いち」のずんだ餅 1人前500円)。最近では、このずんだ餡を使って、饅頭や大福、どら焼きをはじめ、パフェ、ソフトクリーム、クレープなども売られており、そのバリエーションの広さには驚かされます。でもどれを食べてもやはり基本は「枝豆の美味しさ」にあるようです。皆さんもお土産などで目にする機会があるかと思いますが、仙台を訪れるチャンスがあれば、ぜひお店に立ち寄って、この「ずんだ餅」を味わってみてください。小豆とはひと味違った美味しい甘味が楽しめますよ。

千年続く「あぶり餅」の話

2018年05月22日(火)


 皆さんは、「あぶり餅」という食べ物をご存知ですか?京都北部の今宮神社の参道脇にある一文字屋和助(通称『一和』)で売られているお餅です。

 このあぶり餅は、お餅に黄粉(きなこ=大豆の粉)と白味噌をかけ、炭火で炙ったものです。もち米100%でできたお餅はとても柔らかく、黄粉と白味噌の甘味がとても美味しいです。竹串に刺して一人前13本で500円というのも、お得な値段だと思います。

 このあぶり餅のすごいいところは、美味しさだけではありません。実はこのお餅、千年以上まえからずっとこのお店で売られているのです!

 一文字屋和助という茶店は、今宮神社が創建された長保2年(西暦1000年=平安時代後期)に開業し、今年でなんと1018年目になる、歴史のあるお店です。すなわち、このお店は現存する日本最古の飲食店ということになります。売っているのは、この「あぶり餅」だけ。代々店の当主である女将さんがこのお餅を作り続けており、現在の女将さんは25代目だそうです。あぶり餅の由来は、神社に奉納される竹の注連縄(しめなわ)のお下がりを使い、串刺しにしたお餅が出来上がったとのこと。確かにお餅の大きさは女性の親指のサイズで、一口で食べるのにちょうどよいのです。女将さんたちが手の感覚でちぎった餅は、一つぴったり3グラムになるそうです。

 あぶり餅は、さまざまなこだわりが詰まっているそうです。たとえばお餅の材料のもち米は近江の羽生産、黄粉と白味噌はすべて京都のもの、炭は土佐か日向の備長炭と決まっています。お店で出されるお茶は、何とこのお店の創業以前からある井戸から汲んだお水が使われているそうです。

 このお餅は保存料などは一切使っていないので、お店でしか買えません。千年以上も続くお餅があまり知られていないのは、そういう理由もあるのかもしれません。かつて京都に上洛した織田信長も食べたと言われている「あぶり餅」。皆さんも機会があったら、千年前から変わらないこの味をぜひ楽しんでみてください。


千年続く「あぶり餅」
一人前は13本で500円


代々女将さんが店先で餅を炙ります。
右が第25代の女将、長谷川さん。


今宮神社の参道わきにある「一文字屋和助」
風情のあるお店です。

親子丼

2018年04月17日(火)


 皆さん、親子丼は好きですか?

 親子丼といえば、お蕎麦屋さんで提供される丼物のうち、天丼・かつ丼と並び三大どんぶりものといわれる人気メニューです。鶏肉や玉ねぎをふわふわの卵でとじ、つゆだくのご飯と一緒にかきこむと至福の味わいがありますよね。今回はこの親子丼についてお話しします。

 親子丼は日本伝統料理という印象がありますが、その発祥はそれほど古いものではありません。関東での発祥は、明治20年に東京・日本橋人形町の「玉ひで」というお店です。このお店は軍鶏鍋の専門店だったのですが、鍋の残りの具材がもったいないので卵でとじ、ご飯の上にかけて食べたのが始まりといわれています。「玉ひで」は現在でも親子丼の人気店として、いつも行列ができる名店です。

 関西には、別のルーツがあります。明治36年に大阪で博覧会が催された際、海外のお客様に簡単に調理でき、材料費が安く、大阪らしい食事を提供してほしいという依頼に「料亭とり菊」の主人が鶏の卵とじどんぶりを考案し、大好評を博したのが関西の親子丼の発祥といわれています。

 親子丼と聞くと、誰もが「鶏肉」と「卵」の親子を思い浮かべますが、「鮭」と「いくら」という親子を使った「海鮮親子丼」など、いろいろなバリエーションがあります。少しご紹介しましょう。

 『他人丼』…鶏肉の替りに豚肉を使う。親子ではないので「他人」。特に牛肉を使った場合は「開化丼」ということもあります。
 『木の葉丼』…鶏肉の替りにかまぼこを使う。かまぼこが木の葉のように見えるから。
 『いとこ丼』…鶏肉の替りに鴨肉を使う。親子ではなく親戚ですね。主に関西地方に多いです。
 『たまご丼』…鶏肉抜きの親子丼。シンプルですがなかなか奥の深いどんぶりです。

 どんぶり物は、「早い」「安い」「旨い」という三拍子そろった庶民の和食です。そのため海外でも手軽に食べられるランチメニューとして大変評判です。その手軽さゆえに、本校では新入生の最初の調理実習で作るのがこの「親子丼」。でも簡単なようですが、鶏肉が固くならないように、かつしっかりと火を通し、卵がふわふわの半熟状態に調理するのは、なかなか技術が必要です。今日も実習室から出汁醤油の美味しそうな香りがしてきます。新入生の皆さん、今日は美味しくできたでしょうか?

ふぐの話

2018年02月15日(木)


 寒い時期はやはり鍋物が恋しくなります。今回は冬の鍋物の王者ともいえる「ふぐ」のお話です。

 ふぐには毒があるということは、よく知られています。そのため、日本の法律により「ふぐ調理師免許」を持った料理人がきちんと毒を取り除いて、提供される決まりになっています。ふぐを食べる歴史は古く、縄文時代の貝塚からふぐの骨がたくさん出土されています。古代の人々はどのように食べていたのでしょうか。興味がありますね。江戸時代から明治の初めまでは、ふぐによる食中毒がよく起こるため、幕府や政府によってたびたび「ふぐ食禁止令」が出されました。明治22年に東京帝国大学の高橋順太郎教授がふぐの毒である「テトロドトキシン」を発見し、明治25年からふぐ食が解禁されたといわれています。時の総理大臣である伊藤博文が、下関市の春帆楼という料亭で初めてふぐを食べ、その美味しさに感動して解禁を積極的に進めたそうです。

 ふぐは漢字では「河豚」と書きます。中国では食用の「メフグ」が河に住んでおり、そのメスの鳴き声が豚の鳴き声に似ているからだそうです。ふぐは「不遇」や「不具」に通じるので、本場である北九州市や山口県下関市では、濁らず「ふく(福)」と呼んでいます。また、大阪では「食べたら毒に当たる」ことから「鉄砲」という別名があり、ふぐの刺身を「てっさ」、ふぐの鍋物を「てっちり」という名前で親しまれています。

 ふぐの毒は、特に卵巣にたくさんあるといわれています。石川県白山市では、このふぐの卵巣を1年以上塩漬けにし、その後さらに2~3年ほどぬか漬けにして毒を抜いた「ふぐの子のぬか漬け」という珍しい郷土料理があります。これを炊き立てのご飯のおかずで食べたり、お茶漬けに少し載せてもとても美味しいです。それにしても、何年もかけてふぐの毒を抜いておいしく食べてしまうとは、先人たちの努力に驚かされますね。

 ふぐは高級食材の一つですが、本校の授業でもたびたび登場します。ぜひ楽しみにしていてくださいね。

http://nrifs.fra.affrc.go.jp/kakou/souran/ransounukaduke/ より引用

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