学校長コラム「学校長の一膳講座」

山形名物「芋煮」

2020年10月02日(金)

 10月に入り、ぐっと気温も下がってめっきり秋らしくなってきました。この季節になると温かいものが食べたくなりますね。山形県ではこの時期の週末に河原のあちこちで「芋煮会」が行われます。今回はこの「芋煮」についてのお話です。

 芋煮に使われる芋は「里芋(さといも)」です。芋煮の起源は江戸時代の山形県の家庭料理である、里芋を使った「芋の子汁」。当時は山形県が里芋の栽培北限でした。食用の里芋は保存が難しく、一度にたくさん収穫できてもあまり日持ちがしません。そこで稲刈りが終わるこの時期に、農民が集まって収穫祭として大勢で里芋を鍋で煮て食べたのが始まりだといわれています。

 現在山形県で作られている芋煮は、里芋に牛肉と長ネギを使い、醤油味の出汁で煮たものです。シンプルな料理ですが、牛肉の出汁とほくほく・ねっとりとした里芋の旨味が合わさり、とても美味しい鍋料理です。私も現地で一度いただいたことがありますが、秋の日に大勢で温かい鍋をつつくのは、なかなか格別な美味しさがあります。

 この山形の郷土料理の芋煮が、その後青森県を除く東北各地に広がりました。そこで地域の風土や収穫される食材に合わせていろいろな変化をしています。例えば同じ山形県の庄内地方や、山を越えた太平洋側の宮城県では醤油味ではなく味噌味の芋煮を作ります。肉も牛肉ではなく豚肉を使います。宮城県と山形県の中間に位置する福島県会津地方では、醤油と味噌をブレンドした出汁で豚肉を主に使い、福島ならではのきのこ類をたくさん入れた芋煮を作ります。また、宮城県の北にある岩手県では、鶏肉を使い味噌味の「鶏スキ風芋煮」が食べられています。このように、山形県で生まれた「芋煮」が東北各地に様々な形で広がり、各地方の郷土料理として定着しているのです。

 驚いたことに、この河原で食べる「芋煮会」は国内だけでなく海外にも広がっています。ドイツのデュッセルドルフ市では、2012年からライン川のほとりでドイツ東北人県人会主催の「欧州一の芋煮会」が催されています。また、アムステル川(オランダ・アムステルダム市)、スヘルデ川(ベルギー・アントワープ市)、そしてなんとパリのセーヌ川でも各国の山形県人会による「芋煮会」が毎年秋に行われているそうです。遠く海外に住んでいても、やはりふるさとの味は忘れられないものなのですね。

 国内最大の芋煮会は、なんといっても発祥の地 山形市内で行われる「日本一の芋煮会フェスティバル」です。直径6メートル以上もある大鍋を河原に設置し、大型ショベルカーを使って3万食を調理します。過去にはギネスブックに「一度に最もたくさん調理されたスープ」として登録されたこともあるようです。今年は新型コロナウィルス感染防止のために規模を縮小し、来場者は事前予約制で「ドライブスルー」方式で芋煮を受け取る方法で実施されたそうです。

 これからしばらくの間、東北各地で郷土食豊かな様々な「芋煮」が楽しめます。皆さんもぜひ一度食べてみませんか?

名古屋名物「ひつまぶし」

2020年08月31日(月)

 長い梅雨が明けたと思ったら、いきなりの猛暑。今年の夏はマスク着用も必須なので、熱中症対策も必要な厳しい夏となりました。皆さんお元気にお過ごしですか。

 暑い夏といえば、和食では「土用の丑の日のうなぎ」があげられます。今年は15日間ある土用の中で、丑の日が7月21日と8月2日の2回ある年に当たります。うなぎの蒲焼といえば、重箱に入った「うな重」や丼に蒲焼を載せた「うな丼」が有名ですが、今日は「ひつまぶし」という、ちょっと変わった蒲焼の食べ方をお教えします。

 「ひつまぶし」はうなぎの蒲焼きを細かく刻みご飯にのせて食べる料理で、名古屋の郷土料理となっています。器は重箱でも丼鉢でもなく、丸い木製の器が使われます。この「ひつまぶし」は、いろいろな食べ方で楽しめるのが特長です。写真は、「ひつまぶし」が有名な名古屋市熱田区の「あつた蓬莱軒」のひつまぶしです。

 まず初めに器に入っているご飯をしゃもじで4等分します。つまり4回に分けて食べるのです。一般的な食べ方を紹介します。まず初めの一膳はそのままいただきます。これはいわゆる「うな丼」や「うな重」と同じですね。関西特有の地焼き(蒸さずに焼く)の香ばしさと、甘目の濃いタレが独特です。二膳目は添えられている海苔や小ネギ、わさびなどの薬味と一緒にいただきます。これらの薬味を添えるとタレの甘味がやや抑えられ、一味違ったうな丼となります。そして三膳目は、同じく薬味をのせて、その上から出汁をたっぷりとかけて「うなぎの出汁茶漬け」にしていただきます。脂の強いうなぎの蒲焼きと、あっさりとした出汁やわさびの風味の対比がとても食欲をそそります。最後に残った分は、いままでの3通りのうちで好きな食べ方で仕上げるというのが、このひつまぶしの流儀。一つの料理を3通りの違う食べ方でいただくというのはとても面白いと思います。

 ひつまぶしは、もともとうなぎ屋さんで蒲焼きを調理する際、形の不揃いや切れ端がもったいないのでうまく利用したことが始まりのようです。名古屋の郷土料理ですが、その発祥は三重県の津市だといわれています。「ひつまぶし」の語源は二つあり、「ごはんにうなぎをまぶした(かぶせた)もの」という説。そしてもう一つは「お櫃(=ご飯を入れる容器)にまむし(=関西ではうなぎのことを指す)をのせたもの」という説。確かに近畿地方ではうなぎを「まむし」ということがあります。これは毒蛇の蝮ではなく、「鰻飯(まんめし)」がなまったものと考えられています。この「まむし」が「まぶし」に変化したという方がしっくりくるような気がします。

 みなさんもぜひいちど「ひつまぶし」を食べて、この暑い夏を乗り切りましょう!

名古屋市の熱田神宮近くにある「あつた蓬莱軒」のひつまぶし



まず一膳目はそのまま
二膳目は薬味をのせて(写真左)
三膳目は薬味と出汁をかけてお茶漬けに(写真右)

福岡名物「博多うどん」

2020年08月14日(金)

 福岡県の博多といえば、「博多ラーメン」を思い出す人も多いと思います。豚骨スープで有名な博多ラーメンは海外でも大人気で、いまや日本を代表する「ニュー和食」といっても過言ではありません。でも博多の街ではラーメンよりうどんの方がたくさん食べられているのは、あまり知られていません。今日は福岡名物「博多うどん」のお話です。

 博多うどんの特長は、なんといってもその軟らかさにあります。お箸で持ち上げるだけで切れてしまい、歯を使わずに噛み切れるほどの軟らかさです。一般的に「うどんはコシが命」と思われていますが、以前ご紹介した「伊勢うどん」と同様に、フワフワなほどに軟らかいうどんなのです。

 その具材にも特長があります。いちばん人気のあるものは、ごぼうの天ぷら(ごぼ天)とさつま揚げ(丸天)。それぞれ「ごぼ天うどん」「丸天うどん」と呼ばれ、博多っ子に大人気です。うどんの汁は、多くの店で「あごだし」と呼ばれるトビウオを使った出汁が特長で、薬味に青ネギをたっぷり乗せ、七味や一味唐辛子を振っていただきます。牛肉の甘辛煮をのせた「肉うどん」も人気のメニューです。

 博多うどんが軟らかい理由は、原材料の小麦粉にあります。コシのあるうどんの多くは小麦粉の中でもグルテン成分の多い「中力粉」が使われていますが、博多うどんは醤油づくりにも使われるような、グルテン成分の少ない小麦が原材料になっています。そのためできたうどんはこのように軟らかくなると考えられています。博多ラーメンは「硬め」「バリカタ」「粉おとし」など、硬めの麺を好む博多っ子がうどんだけは軟らかいのを好むのは、私にとっても不思議なことでしたが、お店の人から面白い話を聞きました。それは「博多の人は気が短いから」というもの。通常うどんやそばは注文が入ってから茹でますが、それを待っていられない博多っ子のために、事前にうどんを下茹でしておき、注文が入ったらすぐに湯掻いて提供していたため、軟らかいうどんが好まれるようになったというお話でした。それなら「ラーメンはその場でゆでるから硬め。うどんは下茹でするから軟らかめ」というのも納得できますね。

 実は博多は日本のうどん発祥の地といわれています。博多は古くから大陸の玄関口として栄えていました。近くにある太宰府には飛鳥・奈良時代から日本の外交を扱う役所である「大宰府政庁」が置かれていました。町中にある承天寺には、鎌倉時代に現在のうどんの製法が伝わったことを示す「饂飩発祥の碑」が建てられています。

 最近では東京でも本場の博多うどんが食べられるお店も増えてきました。このフワフワな「博多うどん」を、ぜひ一度味わってみてください。

博多うどんの名店「うどん平」の「ごぼ天肉うどん」と鳥の炊き込みご飯「かしわ飯」



市内「承天寺」境内にある「饂飩発祥之地」の石碑

「東京の郷土料理」

2020年07月30日(木)

 いままでこの一膳講座で全国の郷土料理をご紹介してきましたが、東京にも郷土料理があります。今日は東京の郷土料理をご紹介しましょう。

 東京の郷土料理として代表的なものは、やはりなんといっても「江戸前握り寿司」です。今や世界的に有名となった「握り寿司」ですが、そのルーツは江戸、すなわち東京です。握り寿司は江戸時代の終わり頃、東京の浅草で誕生しました。「江戸前」とは東京湾のことで、江戸時代東京湾ではたくさんの魚やアサリ・ハマグリ・アオヤギなどの貝類が獲れました。いまでも「江戸前アナゴ」は高級な食材として珍重されています。これらを使って誕生したのが「江戸前握り寿司」です。また、たくさん採れた「海苔」を浅草紙という和紙の製法を使って四角く成型し、海苔巻きなども作られました。

 現在では「握り寿司」は日本食を代表する料理として世界中で有名になってしまい、日本全国に有名店がありますので、あまり東京の郷土料理という感じがしませんよね。そこでもう一つ、もっとローカルな郷土料理をご紹介します。それは「深川めし」です。

 深川めしとは、隅田川の河口付近である深川地域の料理たちが賄い飯として食べていたもので、江戸前で獲れたアサリやバカガイなどを江戸甘味噌の汁で煮て、江戸東京野菜である千住葱などを加えてご飯にかけて食べる、いわゆる「ぶっかけめし」のことです。とても手軽にできて栄養も豊富な料理で、気の短い江戸っ子にはうってつけの料理だったと思われます。

 この深川めしをお弁当などで持ち運べるように、炊き込みご飯にしたものもあります。炊き込みご飯とぶっかけめしを区別するため、炊き込みご飯を「深川めし」、ぶっかけめしを「深川丼」と呼ぶこともあります。

 最近では、東海道新幹線の乗客に向けたお弁当として、東京駅や品川駅で販売されているようです。皆さんも機会があればぜひ味わってみてくださいね。

中央がぶっかけめしの「深川丼」左が炊き込みタイプの「深川めし」