学校長コラム「学校長の一膳講座」

静岡名物「静岡おでん」

2020年01月30日(木)

 寒さも一段と厳しくなってきました。今回は寒い冬の定番料理「おでん」の中でも、郷土料理として面白い「静岡おでん」のお話です。

 おでんという和食に関しては、第16回にお話ししました。おでんは関西地方の「関東煮(かんとだき)」を含め全国で楽しまれていますが、その中でも「静岡おでん」は郷土料理としても有名です。

 静岡おでんには「スープが黒い」「食べるときに『だし粉(魚を粉末にした粉)』と『青海苔』をかける」という点が、一般のおでんと大きく違います。おでんの出汁というと普通は昆布や鰹節を使い、やや黄色い透明なものが多いのですが、静岡おでんは真っ黒なスープで底が見えません。もちろん昆布や鰹節の出汁も使っていますが、濃口醤油でしっかり味付けされています。また、これも静岡おでんの特徴ですが牛スジや豚のモツなども具材に入るため、魚介類だけではなく動物性油脂のコクや旨味が加わっています。写真①は地元でも有名な静岡おでんの老舗「海ぼうず」のおでん鍋の様子です。スープの色を見てください。真っ黒ですよね。食べてみると、味か濃くご飯のおかずにもなりそうです。ただしょっぱいだけではなく、独特の甘みも感じられます。これはおそらく牛や豚の旨味のためだと思います。

 特長的な具材に「黒はんぺん」というものがあります。東京では「はんぺん」というと真っ白でふわふわしたものを想像しますが、黒はんぺんはサバやイワシなどの魚を丸ごとすりつぶしたもので、私の知る「つみれ(イワシのすり身団子)」と似た食材です。食材自体やや灰色ですが、それを真っ黒なスープの中で煮込むので、まさに「黒はんべん」といわれるように黒いものになります。

 写真②は、黒はんぺんをいろいろな方法で調理したものです。左から「茹ではんぺん」「焼はんぺん」「おでんのはんぺん」「揚げはんぺん2種」となります。そもそもは一番左のような色ですが、おでんのスープで煮込むとご覧のとおり黒くなります。

 食べるときにかける「だし粉」も、静岡独特のものです。静岡では、このだし粉をおでんだけではなく、煮物やおひたしなどにも使います。静岡県のB級グルメとして殿堂入りしている「富士宮焼きそば」も、だし粉をかけて食べます。まさに静岡県民が愛する粉ですね。

 お酒のつまみにもご飯のおかずにもなる「静岡おでん」。皆さんぜひ一度味わってみてください。

【写真①】真っ黒なスープ



【写真②】黒はんぺんの数々

富山名物「ますのすし」

2020年01月24日(金)

 皆さんは、富山名物の「ますのすし」をご存じですか?

 「ますのすし」とは、サクラマスを塩と酢で締め、酢飯の上に並べたもので、丸い木桶の中に笹の葉とともに詰め込んだお寿司です。駅弁などでも有名で、デパートなどの物産展でもよく見かけることがあります。写真をご覧になれば、きっとどこかで一度は見たことがあると気付くと思います。

 富山湾に流れ込む神通川(じんつうがわ)流域では、古くは平安時代から鮭や鱒が豊富で、朝廷への献上品として珍重されてきました。江戸時代になると、早寿し(魚と米を長期間発酵させるのではなく、魚に酢飯を合わせて簡単に作る寿司)の技法が富山にも伝わり、現在の「ますのすし」の原型が出来上がったといわれています。「ますのすし」という呼び名は、このマスの早寿しを古くから手掛けてきた『源(みなもと)』という会社が名付けたもので、大正元年(1912年)に現在の形を考案し、駅弁として売り出してから全国に広まりました。この会社は、富山市内の自社工場内に『ますのすしミュージアム』を併設しています。私もこのミュージアムを訪問しましたが、「ますのすし」の製造工程を見学しながら、歴史や富山の食文化についても学ぶことができます。また、予約すると実際に「ますのすし」の製造体験もできるようです。

 源の「ますのすし」では、マスを捌き、骨を抜き、塩と酢漬けにする工程をすべて職人さんが手作りで行っています。特にマスは身が柔らかい魚なので、三枚におろした身から骨を抜き取る作業は、どんなに機械化が進んでも人間の手で作業しないと完全にかつ美しくできないとのことです。また、容器に使われている曲げ物(わっぱ)や、寿しの下に敷く笹、寿しを固定する青竹など、すべて国産のものが使われています。

 容器をあけると、まず笹の良い香りが漂います。笹を丁寧にはがすと、綺麗なピンク色をしたますのすしが登場。これをケーキのように切り分けていただきます。マスの旨味と酢飯の加減が絶妙で、いくらでも食べられそう。富山市内にはこの『ますのすし本舗 源』以外にもたくさんのお店があり、それぞれ味に工夫があるようです。今年のクリスマスは、この「ますのすし」を使って、和風クリスマスケーキなどで楽しんでみるもの面白いかなぁと思いました。

 最近は「ますのすし」もネット通販で販売され、人気商品になっているようです。皆さんも、ぜひ一度お試しください。

ますのすしの外観
富山産の青竹が重石になっています



笹を開いて、さあ召し上がれ

富山名物「氷見の寒ブリ」

2020年01月07日(火)

 寒さが本格的になってくると、魚類も脂がのって美味しくなってきます。数ある冬の魚の中の代表格が「鰤(ブリ)」。その中でも、とくに有名な「氷見の寒ブリ」のお話です。

 富山県氷見市は、能登半島の中ほどにあり富山湾に面した港町です。富山湾は能登半島に守られた天然の漁場で、立山連峰から養分を含んだ水が流れ込むため魚介類の宝庫といわれています。氷見の港は、定置網(網を固定しておき、回遊する魚を漁獲する方法)による漁の発祥地ともいわれ、400年以上前からこの漁法で漁をしています。富山湾の定置網で獲られ、氷見漁港で競りにかけられる、形と身質のよい6キロ以上のブリのみが「ひみ寒ぶり」というブランドで流通します。毎年この条件に合うブリが獲れはじめると「寒ブリ宣言」が出されますが、今年は11月20日にこの宣言が出されました。これから2月下旬くらいまでが寒ブリのシーズンとなります。

 ブリは北陸地方で有名な魚ですが、その市場は関西が中心です。稚魚から成魚まで何度も呼び方が変わるため、縁起のよい「出世魚」としてお正月料理には欠かせないものとなっています。富山県のお節料理やお雑煮には、必ずといっていいほどブリが使われています。

 私も11月の下旬にこの寒ブリを味わうべく、氷見市を訪問しました。ブリはお刺身をはじめ様々な調理法で美味しくいただけます。この日は氷見漁港の近くにある「ひみ浜」というブリ料理専門店で、11キロを超えるブリを味わうことができました。まずはお刺身。よく脂がのっていて、醤油につけるとブリの脂が広がります。身質は柔らかく、上品な甘さと旨味が口の中に広がります。続いて煮物の代表「ブリ大根」。この料理の見た目の主役はあくまでも大根ですが、ブリの粗を使って地元産の甘めの醤油と一緒に炊いてあるので、大根を一口食べれば、やっぱり主役がブリだと感じます。その次に「ブリの塩焼き」。厚さ3センチ以上あるブリの切り身を、炭火を使って、皮はパリッと、身はふっくらと焼きあがっています。このお店では、能登の揚浜式塩田でつくった塩を使っているので、塩気の中にも甘みや旨味が感じられ、とても美味しい塩焼きでした。そして、地元ならではの食べ方、「ブリしゃぶ」もいただきました。特に脂の多い腹身をかつお出汁でしゃぶしゃぶして、自家製の橙(だいだい)醤油でいただきます。お店の女将さんのお勧めは「5秒間」しゃぶしゃぶすること。いわれた通りにしてみると表面は見事な霜降りとなり、内側は半生状態で脂の甘みが強まります。最後はしゃぶしゃぶ鍋に、これも地元名物の「氷見うどん」を入れていただきます。初めから終わりまで、まさに「ブリ尽くし」を堪能できました。

 東京育ちの私には、カツオやマグロに比べてブリはあまり馴染みのない魚でしたが、今回の氷見訪問でブリの美味しさに気づくことができました。ただし、残念なことに昨今の地球温暖化などの影響で寒ブリの漁獲が年々減少しており、私がブリ尽くしをいただいたお店でも、「今日は良いブリの水揚げがなかったので、明日は営業できません」というお話でした。水産資源国である日本で、今までのように美味しい魚介類が取れなくなるのは大問題です。日本料理を守っていくためにも、日本の水産資源である魚介類も大切に保護しなければ、と実感させられました。

 皆さんも、「氷見の寒ブリ」に限らず、機会があればこの時期の美味しいブリを味わってみませんか?

ブリ大根
ブリの美味しさがしっかり大根にしみています



ブリの塩焼き
能登の塩がブリの旨さを引き立てています



ブリのしゃぶしゃぶ
お刺身で食べられるブリを、カツオ出汁でしゃぶしゃぶに。



「出雲そば」

2019年12月31日(火)

 今回は、島根県出雲地方の「出雲そば」のお話です。

 あまり知られていませんが、出雲そばは長野県の「戸隠そば」、岩手県の「わんこそば」とともに、日本三大そばに数えられています。島根県の奥出雲地方では古くからそばが栽培されていましたが、それが現在のように有名になったのは、江戸時代の初期、信州松本藩からきた松平直政公が、長野からそば職人を多く連れてきたのが始まりだといわれています。

 出雲そばの特長は、色が濃くそばの香りが高いこと。そばの実の甘皮ごと石臼で挽いてそば粉にします。これを「玄そば」といいます。またつなぎはほとんど使わない、いわゆる十割そばが多いのも特長です。そのため、香りが高いだけではなく、そば特有の栄養価がとても高くなっています。

 また、食べ方にも特長があります。冷たく食べる場合は、漆塗りのまるい器にそばを盛り、一人前3段くらい重ねます。その1段目にそばつゆを注ぎ、食べ終わったら残ったつゆを次の段のそばに移しながら食べ進めます。つなぎのない蕎麦は切れやすいので、箸でつゆにつけるよりこの方が食べやすかったのでしょうか。この器は出雲地方では「割子(わりご)」と呼ばれているため、割子そばという名前がついています。

 温かい出雲そばはもっと面白い食べ方をします。ふつうそばは茹でたあとに水でよく曝して歯ごたえを出しますが、出雲そばは茹でたてのまま器に移し、そこに茹で汁(そば湯)を注ぎ、好みの量のそばつゆを加えて食べます。これは「釜揚げそば」と呼ばれている食べ方です。「釜揚げ」はうどんではよくありますが、全国でもそばを釜揚げで食べるのは出雲地方だけだといわれています。

 割子そば、釜揚げそば共に食べてみましたが、どちらも一般のそばより香りが高くとても美味しいそばでした。特に釜揚げそばは初めての体験でしたが、熱々のそばをそば湯とともにいただくと、そばの全ての栄養をいただける実感がありました。またそばつゆを好みの量に調節できるのもうれしい食べ方です。

 出雲は神話のふるさと。伊勢神宮に祭られている皇室の先祖「天照大神」が日本を治める前から「大国主命(おおくにぬしのみこと)」など出雲の神々がこの国に住んでいたといわれています。和暦では10月を「神無月」といいますが、日本国中の神様たちが出雲大社に集うからだといわれています。そのため、出雲地方では10月を「神在月(かみありづき)」と呼んでいます。昔から神在月に出雲大社で行われる神在祭(かみありさい)の参道には、たくさんの出雲そばの屋台が並び、参拝客がこの釜揚げそばを啜るのが習慣になっていたようです。

 皆さんも、出雲大社に行く機会があったら、ぜひこの釜揚げ蕎麦を食べてみてくださいね。