学校長コラム「学校長の一膳講座」
「水茄子」
2019年08月27日(火)
厳し暑さもようやく峠を越えました。皆さんこの夏はいかがお過ごしでしたでしょうか?
夏を代表する野菜には、きゅうり、トマト、茄子などがあります。これら夏に収穫される野菜は、食べると体を冷やしてくれるという効果があり、昔から珍重されてきました。その中で今日は茄子のお話しです。
茄子はインド原産の野菜で、日本では奈良時代から食されていました。正倉院に保管されている奈良時代の書物に、茄子を献上したという記録があることでも明らかです。ヨーロッパに茄子が伝わったのは13世紀頃ですので、日本の方が500年以上も昔から茄子に親しんできたようです。紫色の茄子の皮はポリフェノールが多く含まれ、また身にはビタミンAが多いので、身体によい野菜の一つです。ちなみに、紫色の茄子を好んで食べるのは、日本をはじめアジア地方だけらしく、欧米では薄緑や白い茄子の方が一般的だそうです。茄子が英語でEgg Plant(たまご野菜)と訳されているのも、それが理由のようです。
一般の茄子は皮がしっかりとして、身にアクがあるので、炒め物や煮物に使われることが多いのですが、1,000種類以上ある茄子の中で、唯一生で食べられるのが「水茄子」です。水茄子は皮が薄く、しかも手で絞るとあふれ出るほど水分を含んでおり、生のままかぶりつくことができます。その水分は甘みがあり、かつて農家の人が作業中にこの水茄子を絞って喉の渇きを癒したといわれるほどです。一説には、水茄子の語源が「みつなす」(蜜のようにあまい水分がある茄子)だともいわれています。
水茄子の特産地は、大阪府の南部。この付近は江戸時代「和泉国(いずみのくに)」と呼ばれており、別名を泉州(せんしゅう)といいました。今でも水茄子は「泉州水茄子」といわれ、大阪の郷土野菜である「なにわ伝統野菜」に認定されています。
水茄子は、そのままスライスしてお刺身のように食べることができますが、やはり一番おいしい食べ方は「漬物」でしょう。水茄子を塩で浅漬けするか、ぬか漬けにして、辛子醤油でいただくと、お酒の肴としてもご飯のお供としても最強なお漬物です。
私も初めて水茄子に出会ったとき、勇気をもってそのまま丸かじりして、その風味とほんのり甘い水分に驚きました。いまではすっかり水茄子のファンになり、夏になると水茄子の浅漬けが出回るのを楽しみにしています。この、生でも食べられる珍しい茄子を、皆さんもぜひ試してみてください。
「箱寿司」
2019年07月29日(月)
「すし」といえば「握り寿司」を思い浮かべますが、それ以外にもたくさんの種類のすしがあります。今日はその中の一つ、「箱寿司」についてお話しします。
「箱寿司」とは「押し寿司」の一種で、大阪で生まれました。その作り方は、ご飯とネタを木枠の中に何層か重ねて、上から手で押し込んで作ります。江戸前握り寿司との一番の違いは、その場で食べるのではなく、持ち帰りなどしばらく時間をおいてから食べるように調理されているという点です。そのため、ネタは酢締め、煮上げなどの加工がされており、すべて味付けされています。また、シャリ(ごはん)も昆布だしで炊き上げ、砂糖をたくさん入れたお酢を合わせて作られており、保存性を高めています。
写真は大阪市内で100年以上続く「寿し寅」というお店の箱寿司です。寿司ネタ(具材)は、左から「鯛」「海老」「穴子」ですが、どれもとても手がかかった仕込みがしてあります。鯛は甘めな酢でしっかりと酢締めがされています。まず木枠にご飯を入れ、その上に海苔を一枚敷いてさらにご飯を重ねます。そして一番上に酢締めの鯛と白板昆布(少し厚めの削り昆布)を載せ、上から押し込んであります。海老も下に甘辛く煮た椎茸を刻んだものが入った二層のお寿司。穴子は江戸前の「ふっくら」とは違う、「しっかり」とした食感に仕立ててあり、押し込まれることでご飯との一体感がとてもでているという印象でした。箱寿司を作るとき、かなり力を入れて2回・3回と押し込みますが、その割にご飯が「おにぎり」のように潰れていません。聞いてみると、その秘訣は「炊きたてのご飯にお酢を合わせた後、ゆっくりと時間をかけて冷ますから」だそうです。そうすると、お酢がお米の芯までしっかりと浸透するので、多少の力をかけてもつぶれにくくなるそうです。でもきっとご飯がつぶれないような押し方があるのではないかと思いました。そこが「職人技」なのだと思います。
このようにご飯とネタを重ねて押し込んで作る「押し寿司」。箱寿司以外にも、大阪の「バッテラ(鯖をご飯の上に乗せ、枠に入れて押した寿司)」や奈良の「柿の葉寿司(鯛や穴子を酢飯に乗せ、柿の葉で包んで押したもの)」、富山の「ます寿司」、京都の「鯖寿司」などが有名です。押し寿司は関西圏から西日本に多くみられます。そもそも「すし」の起源とは、魚を保存するためにお米と一緒に重石をおいて漬け込んだ「熟れ鮓(なれずし)」という食品で、平安時代にはすでに作られていました。現在でも「鮒の熟れ鮓」は滋賀県の郷土料理になっています。そういう意味で、「お米」「ネタ」を合わせてしっかりと押し込む「押し寿司」は、江戸前握りよりもずっとそのルーツに近いすしということでしょう。
本校では主に江戸前握りを中心に授業をしていますが、日本全国にはまだまだたくさんの美味しい「すし」があります。この一膳講座でも、これから少しずつ紹介したいと思います。
「寿し寅」の箱寿司 1人前
使い込んだ木型で押して作ります
「鮎の塩焼き」
2019年07月16日(火)
皆さんは「鮎」という魚を知っていますか?日本全国の河川に棲む淡水魚で、すでに奈良時代から日本人の食卓に上がっていました。獲ったばかりの鮎は、スイカやキュウリの香りがすることから、「香魚」とも書かれます。また、鮎は1年でその生涯を終えることから「年魚」とも呼ばれています。
鮎は昔から「夏」を代表する魚として親しまれてきました。現在では全国で6月から漁が解禁されます。この時期から8月くらいまでが稚鮎・若鮎の旬です。9月を過ぎると、産卵のため川を下ります。この頃の鮎は「落ち鮎」と呼ばれ、卵を抱えて大きく太っていて、また違った味わいがあります。
日本人は弥生時代より3千年以上も米を主食としてきました。米を作るには、水田に川の水を引く必要があります。そのため昔から水棲生物を食材としてきたので、鮎や鮒などの川魚は古くから食べる習慣がありました。鮎については古事記や万葉集などにも記述があり、私たちの先祖も楽しんできた、代表的な夏の川魚です。天ぷらや甘露煮など、様々な方法で楽しまれてきましたが、特に若鮎を一番おいしくいただくのは「塩焼き」でしょう。新鮮な鮎に串を通し、全体に塩をふって炭火で焼きます。美味しく焼くコツは「強火の遠火」。皮は香ばしく、身はふっくらと焼き上げます。
若鮎はせいぜい5分~10分で焼きあがりますが、本校顧問、奥田先生のお店「銀座小十」では、生きたままの稚鮎に串を打ち、なんと45分もかけて焼き上げます。奥田先生の狙いは、強火の遠火でじっくり焼くことで、鮎自身の脂で頭が「唐揚げ」になり、胴体はまさに「干物」のように美味しさが凝縮。そして尻尾は「燻製」の美味しさが味わえます。稚鮎は本来ならばわずか5分で焼きあがりますが、火加減を調節しながら、まさにギリギリの焼き加減で、美味しさの凝縮を狙った調理法です。この調理法は簡単そうに見えてなかなか難しく、本校の3年生も毎年授業で挑戦しますが、焦がしすぎたり、火入れが足りなかったりと、なかなかうまくできません。
この稚鮎の炭火焼きを頭からガブっとかじり、よく冷えた黒ビールと一緒に頂くと、鮎の香ばしさや苦み、そして旨味が口の中に広がり、まさに銀座小十でしか味わえない、格別の美味しさです。奥田先生のお店には、毎年6月の「奥田流鮎の塩焼き」を楽しみにしているお客様がたくさんいます。(もちろん私もその一人です)。
本校では、毎年和食調理科の2年生が、銀座小十で懐石料理をいただく特別授業を行っています。今年も7月から8月にかけて奥田先生のお話とともに、この「鮎の塩焼き」もいただきます。学生の皆さん、一つの料理にここまでこだわりを持つ、料理人の「技と心」を自分の目と舌でしっかりと味わってくださいね。
「卓袱料理」
2019年07月04日(木)
いままで、長崎名物の「ちゃんぽん」や「トルコライス」のお話をしてきました。とにかく、いろいろなものをミックスして楽しむのが、長崎の風土のようです。ではこれらのルーツはどこにあるのでしょうか。それはどうやら長崎の郷土料理である「卓袱料理(しっぽくりょうり)」のようです。
卓袱料理とは、江戸時代に長崎で生まれた宴会料理です。当時の正式な日本料理は、肉食の風習がなく、また「本膳料理」のように銘々のお膳が用意されるのが普通でした。ところがこの卓袱料理は、大きな円卓で提供され、皆が大皿の料理を箸でつつきあうという独特の料理です。これはほぼ中国料理の形式です。江戸時代は「鎖国」政策により、海外との交流は一切禁止されていましたが、長崎だけは清国(当時の中国)とオランダの2国と交流を続けてきました。そのため、この卓袱料理は中華風と西洋風、和風がミックスした料理として発展しました。
今回、私もこの卓袱料理を長崎でいちばん歴史の古い料亭「花月」で実際にいただいてみました。この料亭は、当時の卓袱料理をできるだけ忠実に再現しているお店ですが、料理の中にはお吸い物やお造りといった和食の伝統料理以外に、当時の江戸時代では考えられなかったようなものが提供されています。たとえば、中鉢料理として出される「豚の角煮」。これはまさに中華料理の東坡煮(とうろんぽう)そのものです。また、パスティと呼ばれる煮物料理は、中華風スープに湯葉やすっぽん、お餅などの和食材以外に、フカヒレという中華食材が入っており、その器の上にパイ生地で網をかけて焼き上げる、という西洋料理の手法も取り入れられています。(写真参照)まさに「和食」「中華」「洋食」の折衷料理です。
江戸時代の正式な料理様式のなかで、こんなに海外の料理を取り入れているのは日本全国の中でも、とても珍しいことです。特に長崎の食文化は、和食の「和」、中華の「華」、オランダの「蘭」の3つを合わせて「和華蘭=わからん」料理という面白い名前がついています。この精神が、今までお話ししてきた「ちゃんぽん」や「トルコライス」という、異文化を掛け合わせる独特な食文化のルーツなのかもしれませんね。皆さんも長崎を訪問したら、ぜひこの「和華蘭」食文化に挑戦してみてください。
江戸時代の「卓袱料理」再現
「和華蘭」料理の代表格 「パスティ」
これも立派な日本料理です。